ファンシーショップ・フォーエバー

娘たちとショッピングモールに行くと、必ずファンシーショップに寄らされる。
疲れていようが他に目的があろうが関係ない。必ずファンシーショップに寄らされる。今日は何も買わないよと言っても無駄だ。買わなくてもいい、チェックするだけだと娘たちは言う。実際彼女たちは店内に入ってもさほど物をねだらない。こいつはケチな母親だと理解しているのもあるだろうが、とにかく店内に入れればそれだけでそれなりに満たされるのだ。かわいいもの、おしゃれなもの、面白いものでいっぱいの、夢のような空間。それがファンシーショップである。


ファンシーショップファンシーショップと繰り返したが、今の子がああいう雑貨と文具の店を「ファンシーショップ」と呼んでいるのを聞いたことがない。具体的な店名に「っぽいとこ」を付けてすませている。ファンシーショップはもう死語なのだろうか。ファンシー文具のことを今は「ステショ」と呼ぶのも最近知った。ステショ。ステーショナリーグッズ。なるほどなるほど。馴染まんな。
感性がとっくにおばさんと化した私だが、娘たちについて店に入ると、どうしたわけかさっきまでの冷静さが吹っ飛んでしまうのである。
キラキラした飾りのついたヘアゴム、目を惹くド派手なパッチンピン、おもちゃっぽさが逆にかわいい指輪たち、少しお姉さんな雰囲気のイヤリングコーナー。学校には付けていけないおしゃれなアイテムがギュッと並べられている。
かわいい。
娘たちには偉そうに今日は何も買わないよなどと言っておきながら、一瞬で心を奪われそうになる。危険だ。
じりじりと移動すると、棚いっぱいのすみっコぐらしのぬいぐるみたちと目が合ってしまった。みんなかわいい、かわいすぎる。手に取って1匹1匹と語り合い、おうちに連れて帰る子を見つけたい。
いやいや家もうすみっコだらけで人間がすみっコに追いやられとる現状やろと自分に言い聞かせてその場を去ると、今度は恐るべき文具コーナーが待ち構えている。
文具コーナーはマジでヤバい。何しろ社会人は文具を使う。「仕事で使うし……」というかなり堂々とした言い訳ができてしまう。キラキラした鉛筆やゆめかわなペンケースや甘い匂いの消しゴムやユーモアあふれるメモ帳や飾りたくなるペンキャップが私を誘う。かわいいキャラクターのついたクリアファイルなんかもかなり強敵だ。「書類仕分けしておくとわかりやすいし……」などともっともらしいことが言えてしまう。実際書類を仕分けたことなどなく、くしゃくしゃになったプリントたちをカバンの底から引っ張り出して読み返すような人間だというのに。


ファンシーショップは基本的に小学生から中学生くらいをターゲットにしている店である。それなのに何故、アラウンドフォーティーの自分までこれほどキュンとしてしまうのだろう。
子どもの頃、ファンシーグッズを手に入れる機会は滅多になかった。
家が貧乏だからというより、田舎にはそもそもファンシーショップなど存在せず、そういったグッズの情報そのものが入ってこなかったのである。なのでファンシーグッズに関しては「あれ欲しいこれ欲しい」も「私だけ持ってなくてみじめ」も生まれにくい状態のまま育つことができた。ごくたまに街に出たとき、マザーグースのピヨちゃんの文具やサンリオキャラクターの雑貨を買ってもらえれば充分幸せだったのだ。
なので子どもの頃の飢えを満たしたくて物欲が湧いている、というのは少し違う気がする。
シンプルに、アラウンドフォーティーだけど普通に欲しいのだ。
マジで普通に当たり前にめちゃくちゃ欲しい。多分そんなに使い勝手いいわけじゃない文具とか雑貨とかがもうめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ欲しい。
アラウンドフォーティーなので本気を出せばめちゃくちゃ買えなくもないところがまた恐ろしい。しかし私も親である。無計画に買い物するところを毎回見せるのはさすがに後ろめたい。ぐっと我慢である。
でもほら、欲しいものを欲しいときに買える嬉しさを体験させるのも親としている大事やん?などともっともらしい言い訳が浮かんでくる。ぐぐぐ。
子におもちゃを我慢させるとき、親もまた歯を食いしばっているのである。
見るだけだよ、と最初に約束したときはさすがに約束通りにするが、そうでもなければわりとちょいちょい誘惑に負けて娘たちと一緒にピンやペンを買ってしまう。
グッズを選ぶときの娘たちの嬉しそうな顔といったらない。この世の全てのファンシーショップに感謝を捧げたくなるほどだ。どれもこれもかわいいから迷っちゃう、と悩む横顔に漂う幸福感は、ファンシーショップの中にだけ存在する種類のものだ。ファンシーショップはすごい。存在するだけでファンシーを愛する全ての子どもたちにパワーを与えている。
オンラインでいくらでも安くてかわいいものを効率よく検索できる時代だが、やはり実際のお店の持つパワー、ファンシーグッズひとつひとつが集まることによって生まれる強大なファンシーパワーというものは唯一無二である。こういう商売は不景気でなかなか厳しいものがあるだろうが、頑張っていただきたい。