はじめての「破ァッ」

書類が見つからない。
縦長の封筒の状態でもらって、中身を確認して記入して三つ折りにして再度封筒に入れて、そこまでは確かに覚えがあるのだが、その封筒をどこにしまったのか全然記憶にござらない。ヤバい。
カバンの中身を全て床にぶちまけてみる。印字がかすれきったレシート、断れず受け取ったものの一文字も読んでいない習い事のパンフレット、半年ほど前の保護者会で配られ読み上げられ、その場で役目を終えたプリントなどがクシャクシャボロボロに固まった状態でバサ、ドサ、と落っこちてきた。いらない何も、何故はよ捨ててしまわへんのや、と私の頭の中の稲葉さんが謎の関西弁で説教をしてくる。肝心の書類は入っていなかった。
つくづく私は退魔師に向かない女だな。
散らかったゴミの中心に立ち尽くしてそんなことを思った。


令和に生きる子どもたちでも、異能力バトルごっこをするとき大抵「破ァッ」をやる。手のひらを突き出すアレだ。
ママは悪者役ね!と誘われるたびに(やれやれ、ママはもう30年以上オタクやってるんだからね?破ァッ系の悪者役とか強者感出すぎちゃうよ……?)などと経験者ぶった気持ちを込めて「破ァッ!!!!!」と誰よりもデカい声でやっている。子どもたちを悪役として煽るときはもちろん胡散臭い笑顔の敬語キャラだ。メガネを煌めかせることも忘れない。どうだオタクだろう。
今も昔も「破ァッ」にかっこよさを感じない子どもはいない。しかし今の子どもたちは一体どこで「破ァッ」を覚えてくるのだろう。呪術廻戦とかでやっているのだろうか。
そういえば私が初めて知った「破ァッ」てなんだろう。
遠い記憶を探ってみる。やはりCLAMPの「東京バビロン」だろうか。いや、それより楠桂の「あくまでラブコメ」の方が先じゃないか?意外とそのあたりが曖昧である。昔のりぼんはホラーっぽいノリの漫画が結構載っていた。そのあたりの読み切りなんかも可能性が高い。
周りの人間に「はじめての『破ァッ』て何だった?」という聞き取りをしてみたところ、ぶっちぎりで「かめはめ波」という答えが返ってきた。
私の周りは40代前後、ほぼ非オタ、という人間がほとんどなので、まあこの答えになるのは仕方ない。
けれど「かめはめ波」は私のいう「破ァッ」からはちょっとズレている。もっとこう、めんどくさくてちょっと暗い感じの「破ァッ」をイメージしてほしいのだ。
印を結んだり呪文を唱えたりお札をシャーッと飛ばしたりする、手順的なものを含む感じといえばお分りいただけるだろうか。
手順をきちんと確認、漏れなく巡行、シーンに応じて応用、全て苦手すぎる作業なのだが、だからこそだろうか、そういうノリが私にはめちゃくちゃかっこよく見える。
実際の私はあやとりや手遊びがめちゃくちゃ苦手でちっとも覚えられないし説明図を見ても「何でここからこうなるんだ?」って感じだし、暗記も不得手で音読は大の苦手、大事な紙をなくしたりクシャクシャにしたりするのは大得意である。致命的に退魔師に向いていない。
バトル現場で皺一つないピンピンのお札を取り出して戦うとか絶対無理である。忘れ物も多いし。
焚き火の前でウンタラカンタラ祈祷するサポート役ならどうかなと思ったが、あーこの時間見逃してるツイートたくさんありそう……はよTL見たい、などと途中で集中力をインターネットに持っていかれて祈祷パワーが全然続かなさそうだ。
ここまで退魔に向かない女もなかなかおるまい、と思いつつもやっぱり「破ァッ」への憧れは止められない。アラウンドフォーティーガールだって「破ァッ」したい。現代社会の中で(現代社会の中で、というのもポイントである)闇と戦って時々一般人に「あ、あなたは一体……」とか言われたい。「知らない方がいい……」とか今更そんなん言うなよみたいなことを警告しつつ「ハッ……『来る』!危ない下がって!」とか言って事情ミリ知らの一般人の前で破ァッ系の専門用語を駆使して守りたい。
こう書き連ねていると、つくづくCLAMP楠桂を幼き頃に読む、という意味について考えさせられる。Xってどうなったの?


かめはめ波とかめっちゃ真似したわ〜休み時間に友達と教室でふざけてやってた〜懐い〜」みたいなカラッとした答えに「いや小生が欲する『破ァッ』はそういう感じではござらんのでござるよ薫殿……」みたいな返事はできなかった。我々世代はオタクであることをかなりネガティブに取られる時代に青春を送ってきた。その記憶がまだどこかでブレーキの役割を果たしているのだろう。なかなか「破ァッ」の話を突っ込んでいけず、ムムムあくまでラブコメ……ムムム十兵衛……と一人記憶を探っている。
これが少し下の世代になるとカラッとしつつもオタクっ気をまるで隠さなくなるので面白い。
ママ友たちがうちの子はポケモンピカチュウ、うちのお兄ちゃんは妖怪ウォッチのジバニャンだった、などと子どもが好きなマスコットキャラクターの話で盛り上がっていたとき、「私レイアースモコナとか好きやった」とカラッと挙げた人がおり、思わず「モ、モコナッ!?」などと裏声で叫んでしまった。この流れで自分の好きなキャラ、しかもCLAMPネタを出せるのは強い。強すぎる。
いつかこの人と「破ァッ(印を結んだり呪文を唱えたりお札をシャーってしたりを含む)」ごっこをしてみたいものである。きっと本気で戦ってくれる気がする。