ロード・オブ・アンパンマン

娘たちは今日も今日とてTikTokでバズったダンス動画を眺め、一生懸命練習している。
仕事から帰ってきた母親が「あ〜寒い寒い、外マジでサムシングエルスやよ〜」などと声をかけても無視である。咳をしても一人、使い古されたネタを呟いても一人。
娘たちのダンスにかける気合いはかなりのもので、どうやらクリスマスパーティーで友達同士披露し合うらしい。この曲よくない?この動画よくない?とTikTokで流行っているらしい何曲かを次々聴かされたのだが、いいとか悪いとか何も分からなかった。街中で同じ曲が流れていても気づかないと思う。これは完全に私の方に問題がある。感性が90年代で止まっているから仕方ない。寒くなったら無意識にディパーチャーズを口ずさんでしまうおばさんである。
だがしかし令和の子は平成レトロ(平成レトロ!)に寛容である。なんかよさそうな昔のクリスマスの曲とか知らんの?と話を振ってくれるので優しい。
昔からクリスマスといえばマライアキャリーやろという信念が私にはあるのだが、せっかく話を振ってもらえたのだからもうちょっとひねりのある曲を出したい。ママはママなりに気を遣って考えた。クリスマスソングは楽しそうなのも切ないのも大体好きだ。そういえばパーティーにはお友達のきょうだいのおちびちゃんも参加すると聞いた。じゃあアンパンマンのジンジンジンなんていいんじゃないか。
さっそく歌って聴かせてみたが、娘たちの記憶には全く残っていないようだった。仕方ない。8歳と6歳だ。アンパンマンブームは遠くなりにけり。


本人たちはすっかり忘れてしまっているが、逆に親の方がよく覚えているアンパンマンのあれこれ、みたいな話はよく聞く。さすが何十年も人気コンテンツとして走り続けているだけのことはある。
私がいまだにすぐ思い出せるアンパンマンネタとしては、「いのちの星のドーリィ」という映画、「しょうがない〜しょうがない〜」と笑顔で諦念あふれる歌を歌うしょうがないさんというキャラクター、そして「ジンジンジン」というクリスマスソングの三つが強い。
「いのちの星のドーリィ」はドーリィという人形がゲストキャラクターとして登場する。このドーリィがアンパンマンワールドにインターネットがあったら百万回炎上すること間違いなしのいい性格しとる人形で、そのキャラ性だけでも強烈なのだが、とにかくストーリーが凄まじく重い。娘に付き合って観ていただけのはずが、途中から完全にひとりの観客として心を持っていかれてしまった。
しょうがないさんは特に何というエピソードがあるわけではないのだが、嘆く人々にしょうがない〜と歌ってそして去る(ただ歌って去る)のがジワジワきて、幼い娘たちが何かやらかすたびにしょうがない〜しょうがない〜と歌って荒れる自分の心をよく慰めていた。
そして「ジンジンジン」である。
コキンちゃんのクリスマスの話で確か歌われていたと思う。正直そのへんのストーリーはあまり覚えていない。ただこの「ジンジンジン」という曲があまりにも物悲しい歌詞が続いており、それでいて美しい光景が歌われており、作詞がアンパンマンの作者であるやなせたかし先生だということが私の心に強く響いた。
確か作中でキャラクターたちはみんな楽しそうにこの曲を合唱していたはずだが、歌詞は一発目から「涙の谷を越えたから 青くやさしい夜が来る」である。涙の谷。やさしい夜。もう既に結構なやるせないイベントをひとつふたつ越えてきましたという視点。ヤバい。切なめのメロディがまたぐっとくる。
その後も「あふれる愛の思い出が心に疼く夜がふける」「時間の砂が降り積もる」といった過去を背負っているような(もしくは背負っていくことを予感しているような)時間の重みを感じるフレーズが続き、おそらくトナカイであろうルドルフとやらはまつげに雪を積もらせ涙ぐんでいる。何があったんやルドルフ。
最後に「しあわせすぎるクリスマス」がはっきりと出てくるが、それまでが切ない世界観過ぎて本当に現実でしあわせに過ごしているクリスマスということで解釈合ってるか?ルドルフも大丈夫か?そうであってくれ……と祈りたくなるところもいい。是非一度聴いてみてほしい一曲である。


娘たちがアンパンマンにハマっていたのはもう5年近く前になるだろうか。アンパンマンにしろトーマスにしろ鬼滅にしろ、幼い頃の子どもの趣味に関しては、本人よりも子どもに付き合って観た親の方が細かいところをじっくり覚えているものだ。そのうち別に付き合ってもらわなくてもいいよとなり、どんどん子どもの文化が分からなくなっていくのだろう。TikTokの話についていくのは諦めた。
親戚のおばさんたちが、成長しつつある私や妹たちにいつまでもキャラクターもののお菓子や小物を買い与えてニコニコしていたのを思い出す。
ああ、おばさんたちの気持ち、今ならすごくよく分かるよ。同じ道を私も今から歩いていくところだから。