ことばの花園、私のみずうみ

社会で憲法について学んだよ、と長女が嬉しそうに教えてくれた。先日のことである。
これって「虎に翼」やん!て思ってなんか面白くなってまった、と長女はご機嫌だった。
「虎に翼」は女性弁護士として、後に裁判官として活躍した実在の女性をモデルとしたNHKの朝ドラである。放送していたのは二年ほど前だ。私も娘たちも毎日楽しく視聴していた。
戦前から戦後にかけての法曹界が舞台なので、当然日本国憲法の話も出てくる。それもかなり印象的な描き方でだ。
当時娘たちは細かな部分まで完全に理解していたわけではなさそうだったが、それでも授業中に「憲法」といえば「虎に翼」で観たぞ、大事なやつだぞ、とすぐ浮かんだらしい。
そういえば以前に算数で割合を習ったときも、「チ。」の手紙に書かれていた「ポトツキに利益の一割」の一割だな!とビビッときてワクワクした、と言っていた。
そのビビッと感、何となく分かる。
漫画や小説や映画やドラマや、とにかく学校の授業以外で得た知識を後から学校で習うとき、妙に嬉しい気持ちよさが走るものだ。だからといってその単元をバチバチ理解できるというわけではないのだが。
「進研ゼミでやったとこだ!」ネタに面白さを感じるのも多分そういうことなのだろう。全く違う日常同士が繋がる瞬間、世界がちょっとだけ広がった気がする。



子どもの頃は娯楽が少なかったので、手の届くフィクションは片っ端から観たり読んだりしていた。内容が分からなくても大して面白くなくてもとりあえずある程度までは辛抱して眺めていた。とにかく暇だったのだ。
「さらば我が愛 覇王別姫」を観たのは中学生くらいの頃だったと思うけれど、その頃私は文革というものをいまいち分かっていなかった。なんかこの時代えらいこっちゃなくらいのことは思った。そのくせ主役の二人に胸が潰れそうな気持ちを抱き、観終わった後はいやーッいい映画やったなァなどと偉そうな感想を述べていた。
その後「小さな中国のお針子」や「初恋のきた道」などの文革が絡む他の映画もいくつか観た。いくつか観たが私の理解度はなんかこの時代えらいこっちゃなからさほど進歩しなかった。当たり前である。資料にあたって調べたわけでもない時代への理解度が、たかだか何本かの映画を観たくらいで深まるわけはない。
ただ、それでも時代の流れの恐ろしさや世代をまたぐ悲しみは、ひどくぼんやりとした、あまりにも個人に集約されたかたちではあるものの、確かに私の中に蓄積されていったと思う。
こういった蓄積は他にもある。
現実でもネットでも様々なデモが立ち上がる昨今だが、それに対してデモやストライキをまとめて暴動のイメージで語る人がいることに最初ちょっと驚いた。
確かに日本は元々そういう運動が盛んではないし、馴染みがないものはなんとなく怖いものだ。それでも雑過ぎるその括り方に、ちょっと驚いてしまった。
別に私だってデモについて詳しいわけではない。はずみで暴動と化す可能性がないとも思っていない。
ただ私はデモやストライキを決意する人たちの映画を昔からいくつか観ていた。多分それだけのことなのだと思う。
たったそれだけのわずかな蓄積が、社会に向けて立ち上がる人間はとりあえずいったん尊重されるべきやろ、という感覚をいつのまにか私の中に浸透させていた。
私は賢い人間ではない。勉強も全然してこなかった。この世のほとんどのうねりを理解していない。そもそも理解以前に知らないことが多すぎる。
けれどそんな私の中にも私なりの、何かを観たり読んだりするたびに滴り落ちた雫が集まって出来た湖がある。
普段静かなその湖は、ふとした瞬間に水面が跳ねる。その一雫、湖の中で混ざり合った、私のものではない悲しみや苦しみや喜びが溶け合ったひとしずくが現実と結びつき、私の思考にうすぼんやりと光る道を示してくれるときがある。



誰に頼まれたわけでもないのに、毎日文章をこねくり回して遊んでいる私である。作文が好きだ。
何かを表現したいと思うとき、私は私の中にある、花園になる予定の場所に向かう。そこには種がいくつも埋まっている。言葉の種だ。どんな花が咲くのかはまだ分からない。
どんな言葉を組み合わせたら私の表現したいことにぴったりのかたちになるだろう。うんうん唸りながらせっせと水を遣る。私の湖から汲んだ水を。言葉の種が芽吹くまで。
「秘密の花園」は、広大なお屋敷に引き取られた主人公が十年間閉ざされていた「秘密の花園」を発見し、仲間と共にこっそり花園を再生させる物語だ。その中で主人公の少女が「あまり細かく手を入れ過ぎないように気をつけないとね」と言いながら手入れをするシーンがある。
整い過ぎないように、きちんと「生きている」花園になるように。確かそんなことを語っていたと思う。
それを思い出しつつ、次は芽吹いたばかりの言葉の種の手入れをする。手入れは難しい。本当にこの言葉を選んでしっくりくるのか。他のと並んでいるところを見るとバランスが悪い気がする。これは背伸びしていい格好しようとしてるな。そういうのは根っこが弱いからすぐ分かる。
かと思えば生えないはずの場所から変な種が芽を出している。でも生々しさがある言葉だ。これは摘むか組み込むかどっちがいい感じになるだろう。悩む。とりあえず水を遣り続けたりちぐはぐだとすぐ分かるものを抜いたりする。勝手に枯れるときもある。この言葉はこの庭には合わなかったのだな、と思う。
それを何度も繰り返し、ようやく私の花園は完成する。
整い過ぎず、だらしなくない、ちゃんと「生きている」花園。他の人からみたらまだまだ不恰好で不揃いな花園かもしれない。
でもとりあえず私は満足だ。別に珍しくもない花ばかりだけれど、すべて私の湖の水を吸い上げて育った花だ。花びら一枚に至るまで私の思想が染み込んでいる。そんなことが嬉しい。次も頑張っていい花園を作るぞ、と思う。
子どもの頃からずっとこうやって文章を作って遊んでいる。全然飽きない。死ぬまでこうやって無数の花園を作って遊んでいたいものである。

来世の前借り

ちょっと畑をウロウロしていたら、数時間後足首が凄まじい勢いで腫れ上がってきた。気づかないうちに何らかの虫に刺されていたらしい。
マーヤー王妃は脇からお釈迦さまを産んだというが、私も足首から何かを産んでしまうのかもしれないと不安になるほどの腫れ具合である。
痛いよう痒いようと泣き言を喚く私に、夫は何度も跪いて薬を塗ってくれた。
私ももういい大人である。いくら腫れていても片足首くらい自分で手当てできる。そう伝えたし自分でやろうともするのだが、そのたびに夫はええからええからと飛んできては手当をしてくれるのだった。
しかし改めて見ると私の足はひどく老いている。ガサガサとした手触りの踵、いびつな曲がり方をしている指先、脛の皮膚は干からびており、その下を走るいくつもの青黒い血管が不健康に浮き上がっている。毛穴のブツブツもひどく目立つ。
見慣れ過ぎて自覚できていないだけで、顔も身体も自分で思うよりずっと老いているのだと思う。ケアをサボってきたのだから当然だ。
見た目はどんどん老いているのに心は依然として落ち着きがない小娘のままなので、全体のバランスが非常に悪い。このチグハグさは滑稽を通り越して不気味な印象なので自分でも嫌なのだが、どうにもなかなか心の方が成長しそうにない。くたびれたおばさんの姿で若い頃と変わらず夫にときめいたりしている。



夫とは交際期間も含めてかれこれもう二十年ほど一緒にいる。とにかく昔から落ち着いた男だった。私が一人で五人分くらい怒ったり笑ったり泣いたり興奮したりするタイプの人間なので、足して割ったらちょうどいいのかもしれない。
以前娘たちが借りてきた星座占いの本に「蠍座と魚座は相性バッチリ」と書いてあった。魚座の私はすっかり嬉しくなってしまい、蠍座と魚座って相性バッチリらしいで!ねえねえねえ相性が!バッチリ!相性がさぁ!!ねえねえねえねえねえねえ!!とデカい声で話しかけ、頬を人差し指でドスドスつつき倒すという非常に可愛らしいスキンシップに出てみたところ、返ってきたのは「そろそろ爪切ったほうがええよ」というアドバイスだった。
それでよく夫婦生活が続いているなと思われたことだろう。私自身もそう思う。この人は宇宙の大いなる力によって洗脳された結果私と結婚してしまったのだと言われても別に驚かない。
私だったら私みたいな女と絶対結婚なんかしたくない。
情緒は不安定だし社会性はないし家事は壊滅的で美的センスもダサい、空気が読めずに気も利かず、常に早口オタク仕草でコミュニケーションをゴリ押ししてくるタイプの女だからだ。何が悲しくて人生の大半をパートナーの尻拭いで終わらせなくてはならないのか。
社会で接する人間の中には「時給が発生していなければ同じ場所で空気を吸うことすら嫌」と思うような人もそれなりにいる。そんな人にパートナーがいた場合この世の全てに疑念が湧きがちだが、情念とはそれほど社会の理屈で説明し切れないものなのだろう。つまりおかしいのは情念の方なので、結婚してるやつはまともだとかいう説には結婚した今もまったく賛同できない。
情念の狂いによって夫は自らの人生を棒に振ってしまったわけだが、そのぶん来世は「前世で変な女のお世話がんばりましたねポイント」によってハッピーな人生になるのではないだろうか。なってほしい。なる権利があると思う。
逆に私は現世でこんなにも幸せにしてもらったぶん、来世はヤバいゴミとかに生まれ変わる気がする。腫れ上がった足首に薬を塗ってもらうとき、人生五回分くらいの幸せを前借りして今生きているという実感が込み上げてくるのだ。好きな男に優しくされているという事実がいまだにちょっとよく理解できない。私の人生に見合っていないラッキー具合だと思う。
だからといって私といたら貴方は苦労ばかりでしょう、貴方のことをもっと幸せにしてくれる人が他にいるはずだから、と涙を隠して身を引くなどということは全く考えたりしない。君と好きな人が百年続きますようにとかああいうの全然まったく一欠片も理解できない。あんた私と五億年くらいおったら絶対楽しいよ、私が。という気持ちならある。来来来世まで前借りをキメて現世をしゃぶりつくしていく所存である。



子どもの頃、スプーンおばさんという児童書をちょこちょこ読んでいた。体がスプーンと同じサイズに縮む能力を持つおばさんが主人公の物語だ。
クリスマスの日、スプーンおばさんは買い出しに行く夫に「わかざり」も買ってきてほしいとお願いする。「わかざり」があれば夫とキスをする口実ができるとおばさんは考えている。
ここで言う「わかざり」はおそらくキッシングバンチのような概念の飾りで、この飾りの下に立った人たちはクリスマスのキスをするという風習があるのだ。おばさんはクリスマスのそういう感じが楽しみで仕方ないのに、彼女の夫はそんな浮かれたもんいらんやろという態度で承諾もせずさっさと出かけていってしまう。いけすかないジジイだ。
子どもの頃読んだとき、おばさんになったのにそんなロマンチックな感情よう残っとるなと思った気がする。自分の周りのおじさんおばさんはみんな愛だの恋だのといった浮かれた感情などとっくに枯れ果てているように見えていた。昭和の大人の話である。大人たちはみんな生活に必死で、テレビの中のロマンチックでトレンディなあれこれに対して小馬鹿にしたような荒んだ視線を向けていた。
けれど自分がおばさんになった今、スプーンおばさんの気持ちはよく分かる。生活に必死な毎日だからこそたまにはロマンチックが欲しい。老いた身にも夢みる乙女の魂はまだかろうじて引っかかっている。
結局スプーンおばさんはスプーンサイズに縮む能力を使ってうまいことハッピーエンドに持ち込んでいく。スプーンおばさんはすごい。ガッツがある。おばさんになると燃えるような情熱と知力体力時の運を駆使することでのみようやくロマンチックを手に入れられるのだと今なら分かる。なかなかそこまで頑張る元気が湧いてこないのもまたおばさんの課題なのだけれど。
とりあえず踵のケアくらいはしようかな、などと朝から思っているのだが、立ち上がるのが面倒くさくてこんなことをダラダラ書いている冴えないおばさんの私なのだった。

オタク親の沈黙

夕飯の後、娘たちはリビングのソファに座ってテレビをつける。ウッ、と心の中で呻きつつ私は洗い物に集中しようと試みる。
流れる水の音にも負けず、今日もギャンギャンとショート動画の音が耳に入ってくる。これがもう、本当にしんどい。
若者文化についていけないおばさんの遠吠えだと思われても仕方ないだろう。実際その通りだ。それでも吠えたい。疲れてるときに若者向けのショート動画垂れ流しは本当にしんどい。
早口で抑揚のないナレーション、何一つ面白くない替え歌、耳障りな効果音、会話は常に被せ気味でわざと頭悪そうに煽り合う人々、それらが次々流れていく。
画面の中の彼らが何を言ったりやったりして内輪でウケ合っているのか全く理解できない。理解できないだけならまだいい。テンポすら合わなさすぎて、ただでさえ労働で弱っている脳が本格的に痛くなってくる。助けて。
心の中でそんなことを叫びつつ、私は黙々と洗い物を片付けていく。顔にも口にも出さないようにして。
散々被害者ヅラをしているが、別に私は動画で拷問されているわけではない。
娘たちはルールを守って動画を観ている。宿題や生活のやるべきことをやり終えていること、視聴時間の区切りを守ること、暗い部屋や小さなデバイスで観ないこと。全てクリアした上で好きなものを楽しんでいる。私が文句を言う筋合いはない。なのでここにコソコソと陰湿な悪口を書いている。
若者文化について親に口を出されることほど鬱陶しいことはなかなかない。
ルーズソックスや厚底ブーツ、ピアスに茶髪、シノラーファッション、モーニング娘。に浜崎あゆみ、流行りの文化が面白おかしく報道されているのを見て「なんやこれ、わけわからん、えーかしゃん」などと呆れた口調で呟く親に、かつて若者だった私は無駄にイライラしたものだ。別に自分がそれらを特別愛していたわけでもないし、親も独り言のつもりで思ったことを口にしただけだと分かっていたのに。
あの頃、「大人は分かってくれない」という事実に何故あれほど敏感に苛立っていたのだろう。普段は私たちもう子どもじゃないですというつもりでいたくせに、まったく思春期というのは面倒臭い。
かつて通った道である。娘たちの好むショート動画に何も言うべきではないと分かっている。
それでもどうしてもしんどいときがあり、ツイッターでそっと愚痴ったところ、数名のフォロワーさんが「分かる、しんどい」「あれキツいよね」と寄り添ってくれた。嬉しい。本当に心に沁みた。子どもの好きなものにケチをつけるなんて私って老害毒親非文化的畜生野郎だな…という後ろめたさがあったのだが、私以外にも歯を食いしばって子どものショート動画に付き合っている人がいるのだという事実に励まされた。インターネットは孤独を癒してくれる。
ちなみに分かってくれたフォロワーさんたちは漏れなく創作に意欲的なオタクである。内面世界に独特のこだわりがあるからこそ余計解釈の合わないものにしんどさを感じるというのはあるのかもしれない。
この先子どもの好きなショート動画は子どもの知能の発達に貢献しますという研究結果が発表されたとしても、じゃあもっと積極的に観なさいとは多分言えない気がする。印象がよくなることもないだろう。子どものためとかではなく私自身が純粋にあの手の動画と相性が合わないのだ。なので情操教育の観点から子どもの好きなショート動画に腹を立てている、という親御さんに対してもなんとなく後ろめたさがある。ごめんなさい、私のはマジでただの好き嫌いなんです。



ここ最近、映画に出てくるかわいい生き物たちに踊らされている。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のロッキー、「ひつじ探偵団」の羊たち、「マンダロリアン&グローグー」のグローグー、みんな愛らしくいじらしく魅力的だ。私は人間以外の生き物に弱い。
かわいいなぁかわいいなぁ、と思いながら検索したら、グローグーのショート動画がわんさか出てきて驚いた。さすがスターウォーズ系列の映画である。スターウォーズとお寿司に何の関係があるんやろ、と思いつつタップしてしまったのが「終わりの始まり」だった。
ショート動画の恐ろしさをようやく身を持って体験した。宇宙の幼子の一瞬一瞬を無限に見てしまう。無限に流れてくるから。ヤバい。かわいい。止められない。ヤバい。
遠い昔はるか彼方の銀河系の赤ちゃんに向かってオバチャンにもグーちゃんのお世話させてほしいでちゅ〜などと呟く暇があったら目の前に積みっぱなしの洗濯物を一枚でも畳むべきだろう。娘たちはやるべきことをやってからショート動画を見ている。親の私がこれでは詐欺もいいところだ。
分かっているのにあと少しだけ、少しだけ、とスイスイ指が動いてしまう。ショート動画だから、すぐ終わるから、というのはキリをつけやすいように見えて逆にギリギリまで粘ってしまう罠である。
これはツイッターも同じで「140文字の短い文章だからすぐ読み終えられる」が逆に「だからまだいける」になってしまいがちだ。ましてファンアートがたくさんあるジャンルは本当にヤバい。どかどか素敵な二次創作が流れてくる。私の自制心の弱さを舐めないでいただきたい。こうして生活がどんどん終わっていく。
いやはや、ショート動画は恐ろしい。そしてそんな恐ろしいものを、ルールを守って楽しんでいる現代の子どもたちは偉大である。ますます娘たちの動画タイムに文句を言えなくなった。言えなくはなったが観ている動画に対するイライラは相変わらず絶好調だ。それはそれ、これはこれ。マジで意味わからんあの手の動画。やかましさがすごい。
今日もまたタブレットをいじる娘たちを前に知らん顔を貫いていたのだが、ねぇママー、なんかオススメにグローグーめっちゃ出てくるんやけど、もしかしてめっちゃ観てない?と言われてギクリとしたことは内緒である。

スピッツ好きそう

スピッツ好きそうだよね、とよく言われる。人生における「何々好きそう」と言われた類の中でおそらく第二位にくると思う。第一位は「変なアニメ好きそう」だ。期待を裏切って申し訳ないが、実は言うほど変なアニメは詳しくない。昔の田舎の地上波では変なアニメはあんまり流れていなかった。残念だ。流れていたら絶対ニチャニチャしながら観たはずなのに。
その点「スピッツ好きそう」という振りにはご期待以上の愛を語れる自信がある。私はマジでスピッツの曲が好きである。これこれこういうときにこの曲に救われて、この歌詞が、このメロディが情緒を、情緒をアーッてさせてきてもう、みたいな話を延々とする。その結果あっ別にそういう心の叫びが聞きたくて話を振ったわけじゃないからごめんね、と気まずそうにされる人生だった。人間のコミュニケーションは難しい。



この話を同世代のサブカルこじらせ女オタクたちにすると結構な割合で「私もスピッツ好きそうって言われたことある」と共感を得られる。
我々世代はロビンソン、チェリー、空も飛べるはずなどが青春時代にバチクソヒットしており、全人類がスピッツに馴染みのある環境で育ってきたというのがデカいだろう。
しかしそうなるとスピッツが好きなのは全人類共通なわけで、何故我々のような女はあえて「スピッツ好きそう」と告げられるのかという疑問が浮かぶ。なんで好きそうやと思ったの?と訊いても、なんとなく、という返事が多くてふわっとしている。
「スピッツ好きそう」と「キメーんだよオタク女」がイコールになっているとはとても思えない。どう考えても「変なアニメ好きそう」とはニュアンスが違う。それにあの頃はギャルもカラオケで楓を涙交じりに歌い上げていた。
だがそんなギャルは「スピッツ好きそう」とはあまり言われない。あゆとかくぅちゃん好きそうとかは言われていたかもしれない。野性爆弾のくーちゃんのことではない。もちろん。



考えた結果、我々のようなタイプの女オタクがかけていがちだったメガネの印象に引っ張られているのではないかという一つの仮説が立てられた。我々のメガネによる内省的な感じをスピッツの文学性と重ねている可能性が高いのではないだろうか。
かつて我々女オタクのメガネは赤縁メガネであることが多かった、ような気がしなくもなくもない。完全に印象で書いているので間違ってたらごめん。でもあの頃トミーフェブラリーみたいな感じのメガネかけてる女の子、個性的な雑貨屋とか本屋とかをよくウロついてなかったかしら。
これは本当に遥か昔の話だが、私が子どもの頃は今ほどおしゃれなメガネというものが(特に子ども用は)普及していなかった。女の子なのにメガネは可哀想、みたいな信じられない価値観もまだ燻っていた。
そこへきてトミーフェブラリーというメガネをオシャレにフル活用している女の子の登場である。めちゃくちゃかわいいったらない。あのオシャレ感はメガネ娘たちのコンプレックスを相当和らげてくれた革命だったと思う。
でもそれなら赤縁メガネ娘イコール「スピッツ好きそう」ではなく「トミーフェブラリー好きそう」に直結するはずなのだが、少なくとも私はトミーフェブラリー好きそうと言われたことは一度もない。
おそらくトミーフェブラリーを連想するにはメガネ以外あまりにも共通点がなさすぎたのだろう。トミーがやるからイケていたのだ。
へへ、ジブン、トミーフェブラせていただきマスッ……ッス……みたいなニチャついたノリで似たようなメガネをかけてもあの雰囲気に到達するわけがないのだった。
そういえばスピッツ好きな女オタクはブリグリも好きだったことが多い気がする。なんとなく。



ここからはもう完全に「我々」ではなく「私」のことなのだが、とりあえずスピッツ好きそうって言っておけばこの子喜びそうだな、というちょっとした気遣いで言ってもらえている可能性というのもほんのり感じている。みんな「察し」によるコミュニケーションが上手い。
私はスピッツが大好きであると同時にスピッツのセンスが羨ましくて仕方ない。私もあんな歌詞や曲みたいな小説を書いてみたかった。あの独特の世界観が私の視点であってほしかった。私のたましいをこれほど震わせるカルチャーが私を全然知らない私以外の存在から産み出されているのが不思議だった。
そういう、シンプルな「好き」以上のニチャッとしたものが隠し切れておらず、そこをくすぐってあげなきゃな、と相手に思わせてしまっているのかもしれない。
貴方は貴方の憧れの存在ではない、だからせめて貴方の中にそれっぽさを感じ取ってあげようという他者からの優しさだ。自分より他人の方が自分についてよく見えていることもある。まあまあ恥ずかしいな。



スピッツとは何の関係もないのだが、影響を受けたBLの話になるといつも「私って藤たまき先生の漫画の雰囲気めっちゃ好きなんだ!」と自分から率先して言ってしまう。
そんなことを言われたら相手はもう「えっそういう繊細な雰囲気、貴方の作品からは一切感じられないね。インプットが下手過ぎじゃない?」などとは言えないに決まっている。
私も年齢だけはまあまあ偉そうな歳になった。相手に気を遣わせる立場になりがちなお年頃だ。素直な感想や的確な批評を述べてもらうためにはある程度自分語りを抑えていかなければならない。そう分かっていてもついついアピってしまう。だって影響を受けたものの話は楽しいから。「私小説」と「夏の名残りのばら」が特に好きです。

素敵なスーベニア

海の近くの別荘で夏休みのうちの数日間を過ごすのが、子どもの頃の楽しみだった。
こう書くとまるで財閥のご令嬢のようだが、実際は父の勤める会社が福利厚生の一環として所有していた格安の保養所だったらしい。確かに今思い返してみると、別荘というより公民館のような雰囲気の建物だった気がする。
それでも日頃オンボロ屋敷で生活している身からすればそこは充分「別荘」だったし、何より海の近くで寝泊まりするということにワクワクした。岐阜県には海がない。
両親は旅行の間中常に海やで、よう見ときーや、海やぞ、ほら海、あれ全部海やからな、海は広いやろ、帰ったらもうこんなん見られんからな、と「海」を連呼し、海水浴という体験を子どもたちにこすりつけておかなければという責任感に満ち満ちていた。
海という非日常を体験して豊かな感受性を育んでほしいという両親の気持ちが今なら分かる。お金を貯めて仕事を休んで連れてきたのだ。ここで一発我が子の心の成長に繋げなければと必死だったのだろう。
この旅の思い出を何か買ってやろう、と小さなお土産屋さんに立ち寄ってくれた両親に私がねだったのは、海と一切関係ないオモチャの金色の鍵だった。



今、私の娘たちは11歳と9歳だ。長女は来年中学生になる。家族揃ってのお出かけに喜んでくれるのもあと数年くらいかなとなんとなく考えたりする。
旅行先でお土産屋に寄ると、娘たちは真剣な表情でお土産を一つ一つチェックしていく。ご当地キーホルダーや特産品を使ったハンドクリームなど、お揃いだけど色違いとかキャラ違いみたいなものをいくつも手に取り、これは誰々ちゃん、この色は何々ちゃん、あーでもあの子はこの色の方が好きやし、そうすると私が欲しいのと被ってまう、じゃあこっちのシリーズにするか、などと悩みに悩んで立ち尽くす。いつもは喧嘩ばかりの姉妹もこのときばかりは結託し、お互い何を選ぶかヒソヒソ相談し合っている。
大人たちが職場用に「日持ち」「個包装」「現地(アリバイ)感」を重視して箱菓子を調達するのとは気合いがまるで違う。
長い長い時間をかけ、彼女たちがお友達用と自分用でキーホルダーやら小さな瓶に入った綺麗な砂やらキャラクターのついたボールペンやらを選び終わったところでじゃあそろそろ帰ろうかとなる。
帰りの車の中で二人はさっそく自分用のお土産を取り出す。これめっちゃよくない?何でこれを選んだかっていうと、という直感と葛藤と決断の長い長い説明が始まり、そうやって自分の言葉で語ることによってお土産はますます娘たちの中で特別感を増していく。それを聞く私の目にもそのお土産はまるで秘密の魔法アイテムのように見えてくる。
お土産屋さんで売られている小物はどこか不思議な魅力を纏っている。そう感じていたことを思い出す。
子どもの頃は、そんなお土産を手に入れることで旅の終わりが物語の始まりにスライドしていく気がしていた。
ずっと昔に海の近くのお土産屋さんで買ってもらった金色の鍵、海感ゼロご当地感ゼロのあの金色の鍵も私には本当に魔法が宿った特別な何かに思えて、これを買うために自分はここに導かれたのだ、とすら思っていた。
親からすればもっと「何年何月に何々県の何処何処へ行ってきました」感のあるものを選んでほしかっただろうが、子どもはそんなこと知ったこっちゃねーのである。修学旅行で木刀を買ってくる男子の気持ちもこんな感じなのだろうか。あれはまたちょっと違う気もするけど。
海なし県に帰ってきてからも私はしばらくその金の鍵をこっそり持ち歩いていた。こっそり、がポイントだ。
ある日突然どこかに不思議な扉が現れる妄想をよくしていた。その扉はこの金色の鍵でしか開けられない。この鍵を選んだ私だけが扉の向こう側に行ける。扉の向こうは海の王国だったり魔法の花園だったりした。そのことは鍵を持つ私だけの秘密である。
たわいもない妄想だが、鍵を手のひらで握りしめるたびにいつか本当にそんなことが起こりそうな気がしてワクワクした。「旅先で手に入れた」鍵だからこそ妄想は限りなく本当に近づけたのだろう。あの鍵はいわば非日常の形見だった。
バブルがはじけ世の中はどんどん不景気になり、父の会社は随分前に別荘を手放していたらしい。あのお土産屋さんが今でもあそこにあるのか私は知らない。大事にしていた金色の鍵もいつのまにかどこかへいってしまった。
けれどあのときのワクワクする気持ちはまだ私の中で眠っている。後部座席で娘たちがチマチマしたお土産で盛り上がっているのを聞いているとそれは時々起きてきて、そのとき私はなんとも言えない幸福感に包まれる。



人の旅行話を聞くのも好きだ。
他者から見た遠い地の話というのはどうしてあんなに面白いのだろう。自分が行ったことがあるところでもないところでも、有名な観光地であってもなくても新鮮で面白い。その人ならではの旅行の視点があり、決して誰とも完全な被り方をしないからだろうか。旅先でちょっとした忘れ物に気づいた、みたいなあるある話でも思い出し笑いをしながら語っている姿を見るとこっちまで楽しくなる。
大人になるとみんなあんまり自分の話ばっかりするのもねえ、仕事休んで行ってたわけだしねえ、と旅行の話を遠慮しがちな空気があるが、そんなこと気にせずどんどん語って聞かせてほしい。私にとって、それが何よりのお土産である。

私の頭の中のポケモン

今まで一度もポケモンをやったことがないと言うと、大抵の人に驚かれる。
我々は子どもの頃には既にファミコンが普及していた世代である。オタクであろうがなかろうが誰もがゲームに親しんでいた。そんな世代でナチュラルボーンオタクの私がポケモンを一切通っていないというのは、ちょっと信じがたい話なのだろう。
別にゲームを禁止されている家庭というわけではなかった。ファミコンもスーファミも普通に買ってもらえたし、それでヨッシーのクッキーやヨッシーのたまごなんかをよく遊んでいた。ヨッシーばっかやな。
それでも周りほどゲームが身近にならなかったのは、私にゲームクリアのための知性や根性や発想力が欠けていたせいだと思う。当時あれほど流行っていたファイナルファンタジーも何を目的にどこを歩いているのか全然分からず、気がつくといつも死んでおり、序盤も序盤でやる気が失せてそれっきりだ。
当時オタク系の雑誌を買うとイラストコーナーにはセフィロスという男がやたらと載っており、こいつめっちゃ女オタクを狂わせとるな…と思ったのが私とファイナルファンタジーのほぼ唯一の思い出である。一方的過ぎる。
そんな私なので、ポケモンのことも何を楽しむゲームなのかよく分かっていない。たまごっちでバトルするみたいなことだと思っているのだが、そもそも私はたまごっちもやったことがない。
ポケモンGOが流行ったときは出産直後で、布団からトイレまでの距離を這いずって移動するのが精一杯だった。
産後の人間はとにかく情緒が不安定だ。
もちろん私も例外ではなく、自分以外の全ての人間がポケモンGOをキラキラと楽しんでいるように見えた。この世でポケモンGOをやっとらんのはお前だけ。みんないろんなところに行ってたくさん歩いとる。閉じこもって這いずっとるのはお前だけ。そんなわけないのにそう思えて仕方なく、孤独感に啜り泣く夜もあった。別にポケモンGOをやりたかったわけでもないのに。産後のメンタルは本当にヤバい。



私の人生に意外な形でポケモンが参入してきたのは、長女が保育園に行くようになってからである。
保育園で仲良くなった長女の親友は、ポケモンが大好きな女の子だった。ゲームそのものというよりポケモンという生き物(その頃の彼女にとってポケモンは確かに現実の生き物だった)が好きで、いつもぬいぐるみを大事に抱えていた。バトルはせず、彼らと駄菓子屋へおやつを買いに行ったりごはんを一緒に作ったり覚えたての7並べをしたりする夢を見ていた。彼らの名前をなかなか覚えられない私に腹を立てることなく、何度でも名前を教えてくれた。ポケモンたちの名前を呼ぶ声は嬉しそうで楽しそうで音楽のような響きだった。
私にとってポケモンマスターとは赤い帽子の男の子ではなく、長女の親友のあの子である。
結局私は彼女のお気に入りの数匹しかポケモンを覚えられなかった。それでもいまだに街中でポケモングッズを見ると、あの子とあの子のハグの形に綿が偏ったぬいぐるみの彼らを思い出して嬉しくなる。ポケモンいっぱいいるね。よかったね。
あの頃から私の記憶の中のポケモンたちはいつも笑っているようになった。愛される物語としてのイメージ。
人の好きなものの話を聞くのが好きだ。それが自分の知らないもの、やったことないことなんかだと尚いい。新しい光が自分の中に差し込むのを感じる。



先日ツイッターでメタモンにそっくりだ、と紹介されているいちごの写真を見た。
メタモン、という名前だけはぼんやり聞いたことがあったけれど、それがどんなポケモンなのかまでは知らなかった。けれどぷっくりとしたデコボコのいちごにチョコンと描かれた顔がなんともかわいくて、微笑ましい気持ちでいっぱいになった。
いちごの香りがするポケモン。
形が似ているという意味でのツイートだと分かっていたけど、そのメルヘンチックなイメージはその瞬間もう頭に焼きついてしまった。
その後メタモンはいちご色をしていないしいちごの匂いを漂わせているわけではないと改めて知ったのだが、それでも私の頭の中のメタモンはいちごの香りがする真っ赤なポケモンのままなのである。

どこかにいる私へ

死ぬまでに分かりたいことのひとつに、「ワインの良さ」がある。
私は下戸だが飲み会に参加するのは好きで(人がだらしなく集まる場が好きなのだ)、そういうときにちょっとだけ飲むビールや酎ハイは最高に美味しいと感じる。
けれどワインはいまだにどこでどう飲んでもいまいちピンとこない。小岩井ぶどうジュースとかファンタの方がしっくりくる。
じゃあ一生小岩井ぶどうジュースかファンタ飲んでろよと自分でも思うのだが、どうしてもワインの良さを感じることを諦められない。子どもの頃に読んだ外国の本によく出てきた、「ぶどう酒」という概念にいつかきちんと出会いたい。



外国の本に出てくる素敵な食べ物や飲み物は「ぶどう酒」以外にもたくさんあった。
いちご水、レモネード、コケモモ、ミンスパイ、クリスマスプティング、クロテッドクリームの添えられたスコーン、ホットチョコレート。
どれもこれもとにかく響きがオシャレで、昭和生まれの鼻垂れ娘を現実逃避させるだけの力があった。あれもこれもいつか食べてみたい、飲んでみたい。秘密の森の奥で、大都会のカフェテラスで、文化のごった煮のようなマーケットの片隅で、白っぽいお屋敷のバルコニー(そう、バルコニーという響きも憧れた)で。
幼い頃の私は遠い異国から与えられた想像力を飲み食いして生きていた。それらはまだ狭い現実の中で過ごすしかなかった私にとって、体内で育つ希望の種だったと思う。



幼い頃から映画が好きだった。
幼い頃から自分がこの世と相性があまりよくない人間だとうっすら気づいていたからかもしれない。自分の存在しない世界で呼吸する方が楽だった。
いろんな洋画をたくさん観た。何故外国の警官はドーナツとコーヒーをやたら食べるのか。青いパパイヤって果物扱いとは違うんだ。プロム怖。あー手作りの餃子美味しそう。クリスマスの盛り上がり方全然違う。外国のレジの人って客にもズケズケものを言うんだな。ていうかみんななんでそんなすぐ口喧嘩でパンチの効いたこと言えるんだよ。
何の説明もなくその土地の文化が流れていくのも面白かった。きっとこの映画が作られた土地では当たり前すぎて説明するまでもないことなのだ。
その当たり前をまったく知らない私が、見知らぬ当たり前の中で展開していく人間模様に号泣する。私が一生体験することがないであろう物語に共感して心が締め付けられる。何も分からないのに分かる。映画は時も場所も超えて私の魂を救ってくれる。
我が家はわりとみんな映画が好きな方だったと思う。地上波で映画が流れれば大抵茶の間に揃って観ていた。巨大ワニが登場するパニック映画を観ていた祖母が「あーれさ、人間が食べられてまったげ」と呑気に驚いていたのを覚えている。そら食べられてまうやろ。巨大ワニの映画なんやから。
あーれさ、どーえ、と言いつつ祖母はテレビの中のワニに釘付けだった。



幼い私の心を揺らした本や映画は、海を越えて遠い国からやってきた。それがどれほどありがたいことだったのか、最近よく考える。
「ぐりとぐら」の作者、中川李枝子先生は子どもの頃アンデルセンの童話が好きだったとエッセイの中で語っている。大好きだったその本は「敵国の本を読むなんて」と教師に取り上げられ、二度と返ってこなかった。
戦争は遠くにある物語を奪う。
この世にはたくさんの物語が溢れている。私の知らない、けれど知ったら人生が変わるような物語がまだどこかにあるはずだ。それと出会う機会を奪われたくない。
現実を生きるために妄想が必要な人間は、多分世界中にいる。どこかにいる誰かが遠い日本の小説や映画を観たり読んだりして救われることだってきっとあるだろう。私は自分の国の小説や漫画や映画も好きだ。国境を超えて良さが伝わると信じる作品がたくさんある。
どんなに遠いところで作られたものでも、それが必要な人のところにいつか届けばいいなと思う。そのためにも世界が平和であってほしい。私みたいな子が自分にぴったりの物語に触れて、この世で呼吸することが少し楽になりますように。その日まで無限に存在する物語の中を泳いでいけますように。それが私の願いである。