災害のニュースを見るたびに憂鬱な気持ちになる。
もちろん誰だってそうだろう。たとえ遠く離れた地であってもその映像は心を抉る。
私の場合、そこにプラスで「どうせまた東京じゃなくてよかったみたいなことを言うやつがいるんだろうな」という憂鬱さが加わってくるのがいけない。そしてその憂鬱な予想はほぼ100パーセント当たってしまい、今度は憂鬱が怒りへとステップアップしてしまう。もうネット見るのやめろ。
もしこの災害が自分のところで起きたら、と考えるのは自然なことなのだが、「東京だったら」のニュアンスはちょっと違う。日本で一番大事な東京。今この瞬間災害に苦しんでいる人たちを前にして、自分たちの街が災害にあったら「こんなもの」ではすまないよね、と堂々と口にできる東京。避難所暮らしに苦しむお年寄りたちの映像に対して「過疎地に援助する意味」とか言える東京。まあ首都だもんね。仕方ないね。アホか。だとしても言葉の選び方ってものがあるだろう。
光の速さで過疎化が進む超絶田舎に住む者として前々からこういうことをずっとグチグチ呟いていたのだが、今回の千葉の豪雨のニュースがあまりにも衝撃的だったのでとうとうブログにまでグチグチを溢れさせてしまった。本当にびっくりした。
千葉の豪雨に対して「千葉は東京まで働きに来てる人が多いから東京にも影響が出そうで心配」みたいなコメントをうっかり見かけてしまったのである。ウソでしょ。関東圏の、東京のぴったり隣の県ですら東京のための踏み台感覚なのかよ。
去年の秋、私は千葉まで友人たちに会うため旅行に行った。ものすごく楽しかった。
ちょっと懐かしい雰囲気の商店街をみんなでブラブラ歩いて友人の家に向かった。懐かしいといってもそれなりに活気があった。すごいことだ。友人は嬉しそうに街を紹介してくれた。それが余計にこの街を明るく感じさせた。
前方から7、8歳くらいの少年と母親らしき女性が歩いてくる。少年は突然「メリクリスマスッメリクリスマスッ」と歌いながら踊り始めた。子どもはときどき嬉しさが突然爆発して全身で表現したくなる瞬間がある。分かるぜ。人生はミュージカル。
母親も慣れた様子で「やめなさい」とクールに注意していて面白かった。分かるぜ。子どものミュージカル、慣れるよな。
何でもない夕方にいつもの商店街を歩いているだけで嬉しくなれる子どもがいる、なんていい街だろうと思った。
あの少年のその暮らしが曇ってしまっていないか、今回の豪雨で私はそのことを考えた。暮らしが守られていればいいと思った。暮らしがそのままであることが何よりだと思った。それはどんなに遠く、どんなに小さな村に対しても強く思うことだった。
去年の夏、長女の希望で広島に旅行に行った。
原爆ドームや平和記念資料館に行きたい、と言う長女に少しだけ驚いた。訪れるべき場所ではあるものの、小学生にとって決して楽しい場所ではない。
戦争のこととかってさー、知っとかんとあかんやん。知っとくにはそこに行くのが一番やん。
長女は当たり前のようにそう言い、広島について自分で色々調べたようだった。
お恥ずかしながら私は小学生の頃、そんなふうに意識したことはほとんどなかった。
言い訳をさせてもらうと、私が子どもの頃はまだまだまだ戦争が「身近」だったのだ。祖父母はもちろん、おじさんおばさんですら戦争や戦後を体験しており、様々な体験をさんざん聞かされて育ってきた。八月になればテレビは戦争特集だらけだったし、りぼんやぴょんぴょん(ぴょんぴょん、みんなご存知?)ですら時々戦争を体験した主人公の祖父母の話が小ネタとして挟まれたりしていた。
戦争から80年以上経った今を生きる子どもたちが我々と同じ感覚で戦争に触れているはずはないのである。
原爆ドームや平和記念館は娘たちにとって改めて衝撃を受ける場所だった。
資料はもちろん、実際目の前で瓦礫を見ること、その場所で訴える今の人々の言葉を声として聞くこと、被爆樹木の木漏れ日に慰められること、道をただ歩くこと、流れる川を眺めること、それら全てにその土地の血潮が感じられること。
署名活動をする人たちの元に向かい、娘たちは何かたくさんのことを書かせてもらっていた。何を書いたのかは知らない。ただ誠意が届けばいいと思う。
広島のゲームセンターで娘たちはもみじまんじゅうの妖怪みたいなかわいいぬいぐるみを獲って喜んでいた。真っ赤に染まったローソンを見てカープの圧に驚いていた。路面電車にワクワクし、乗り合わせた女の子を見てあの子のイヤリングかわいい、どこでああいうの買うんやろ、とソワソワしていた。広島はおしゃれで何を食べてもおいしい街でもあった。特に次女は牡蠣に取り憑かれていた。
どの土地にも辛くむごい瞬間があり、それでもそこで生きていく人たちによってその土地はその土地だけの血潮が作られていく。悲しみも喜びも重なって今この街がある。ありとあらゆる道に、木々に、建物に、暮らす人々に、よそで生きる私たちとは異なる歴史が流れている。それは他の場所には存在しない。存在できない。そういうのものだと思う。旅行に行くとそのことを改めて感じさせられる。この感覚を大事にしたいし、娘たちにも大事にしてほしいと思う。
この夏は本当に災害のニュースが多く、どの土地も早く元通りになりますようにと祈るばかりだ。地方だから、もうどうせ過疎化が進んでいるから、重要な文化財があるわけじゃないから、そんなことは関係なくすべての、ありとあらゆる村までが早く元通りになるよう全力で応援していきたい。個人に出来ることなんてたかが知れているけれど、何もないように見える山村の奥の方でそんなことを考えている。