キムタクが岐阜にやってきた

信長まつりが終わって三日経った。
この三日間、めざましテレビにめっちゃ映っとったね!インターネットにもいっぱい記事が出たね!という会話が岐阜のいたるところで繰り広げられていた。これは知り合いが映っていたとか自分たちの村まで紹介してもらったとかいう話ではない。「岐阜県」が全国的なメディアで取り上げられているなんて、というレベルの話である。岐阜という存在がこんなにも可視化されることこの先絶対ないもんねという確信を持ってみんな信長まつりのニュースを反芻している。全国のみんな、これからも岐阜が存在してること忘れないでね。


信長まつり当日、私は山奥にいた。
薪になりそうな木をいくらか切り倒したから取りにおいで、との連絡を受け、獣の気配がヤバい山里を半日うろついて過ごした。そんな場所でも今日キムタクやな、岐阜チャン録画せんとかん、という会話を聞きまくったのだから本当にキムタクはすごい。
その後テレビをつけると「ミニオンズ」のクライマックスシーンみたいな光景が広がっていた。信じられない量の人間が道路をみっちり塞いで蠢いている。これは本当に岐阜か?パラレルワールドにおける岐阜じゃないのか。ここは岐阜なのにこんなにも人がいて大丈夫なのだろうか。しかしみんなとても楽しそうだ。県外から来た人が岐阜で楽しそうにしている。すごいなあ。
そんな気持ちが浮かぶ映像が次々と流れてくる。
キムタクは岐阜に存在しててもかっこよかった。さすがキムタクである。
こんな熱狂的な群衆に囲まれて歩くなんて、普通の人間なら恐怖しか感じられない気がする。やはり芸能人はそのあたりの心構えが違うのだろうか。
まつりの前日、キムタクが岐阜羽島駅に到着したときの動画もいろんなところから流れてきた。それもまたすさまじい歓声が上がっており、改札前に一体どれほどの人が集まっていたのだろうと思わせるものだったが、キムタクはそこをスタスタとごく普通な感じで歩いていく。さすがである。
マジ岐阜県警が試されるときやな……とか岐阜にこんな緊張感漂うの、関ヶ原の合戦以来なんやないかな……とかテレビの前で好き勝手言っていた我々だが、大きなトラブルが起きることなく終わって本当によかった。


信長まつりの余韻は長く続いている。
孫の知り合いの知り合いの知り合いが当選しとったんやてぇ、パレードの写真送ってもらったでちょっと見たってぇ、と我が事のように嬉しそうな笑顔でみんなに言って回る人もいれば、当選した人に誘われて現場に行くことを当日までずっと黙っていた、何故ならその情報によってトラブルに巻き込まれるのが怖かったから、という慎重派の人もおり、「実はあのとき」トークが次から次へとあふれてくる。誰のどんな体験談も臨場感あふれる話しっぷりが面白い。
あまりにも個人的な体験すぎてインターネットには書けない話ばかりを立て続けに聞けているのだが、むしろそれはとても贅沢なことのような気がする。物語にできない無数の物語がこの世には結構あるということを、インターネット大好き人間の我々はつい忘れがちである。
「キムタクなんて一生この目では見られないと思ってた、こんなこともう二度とないと思う」と涙交じりに語る人も多かった。
芸能界を引退したわけではないのだし、イベントを調べて東京に行けばいくらでも会えるのではないか、二度とないは大袈裟ではないか、とは全然思わない。
そりゃあ死ぬ気になれば大抵の人は何でもできるだろう。何度も死ぬ気を出して東京と岐阜を何度も往復して、そうすれば残りの生涯で何度でもキムタクを見ることができるかもしれない。
けれど涙を浮かべて「二度とない」と言っている人にとって、それらの理屈は少しズレたツッコミでしかない。お金や手間を惜しんでいるわけではなく、なんというか、人生の送り方の問題に近いものがあり、その人たちにとってはこの地で生活していく限り本当に「二度とない」イベントだったのだ。
スターの方から来てくれる、これが地方に生きて地方で死ぬ人間にとってどれほどありがたいことか。
よかったねぇよかったねぇ、などと相槌を打ちつつそんなことを思う私なのだった。


それにしても岐阜県民の伊藤英明に対する好感度の高さもなかなかのものである。
今回キムタクを連れてきてくれてありがとねぇ、というのはもちろんだが、その前にまず「いつも岐阜のこと忘れないでいてくれてありがとねぇ」という気持ちがある。岐阜県民同士の「キムタクがやってくるなんてすごい」という会話には大抵「でも伊藤英明は前から来てくれてるもんね」「伊藤英明って故郷大事にしてて偉いよね」が付いてくる。伊藤英明の岐阜愛を決して無視したくない岐阜県民たちである。
今回改めて動画などを見ると伊藤英明もめちゃくちゃかっこよくて、やっぱり「芸能人」という感じだ。そんな「芸能人」という感じになってもなお尻毛らへんをうろうろしてくれるなんて気取ってなくていいなと思う(しかしキムタクは「尻毛」という地名に対して何か言いたくならなかったのだろうか)。


そんなこんなで県内が一斉に沸いた一週間だった。
キムタク的にはここまで大騒ぎされるなんてめんどくさいことになったなという気持ちになったかもしれないが、ほんの少しでも岐阜って面白いところも若干あるなと思ってもらえたのなら嬉しい。これからも岐阜をよろしく。